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広島高等裁判所岡山支部 昭和62年(ネ)95号 判決

主文

一  原判決中、控訴人らの戒告処分無効確認請求を却下した部分(主文第一項)に対する本件控訴を棄却する。

二  原判決中、控訴人らのその余の請求を棄却した部分(主文第二項)を次のとおり変更する。

被控訴人は、控訴人らに対しそれぞれ金二〇万円及び内金一〇万円に対する昭和六〇年六月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人は、本判決確定後一四日以内に別紙(二)記載の内容、条件の文書を、掲示の日から七日間にわたり、下津井電鉄株式会社岡山、児島、興除各営業所、同下津井駅、同幸町駐車場の被控訴人の掲示板に掲示せよ。

控訴人らの被控訴人に対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、第二審を通じてこれを五分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人らの各負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が昭和五七年四月三〇日付で控訴人らに対してした戒告処分は無効であることを確認する。被控訴人は、控訴人らに対し、それぞれ本判決確定の日から七日以内に別紙(一)記載の内容、条件の謝罪文を交付し、かつ、同確定の日の翌日から一四日以内に別紙(二)記載の内容、条件の謝罪文を七日間にわたり被控訴人の掲示板に掲示せよ。当審における拡張的請求として、被控訴人は、控訴人らに対し各金一二〇万円及び各内金一〇〇万円に対する昭和六〇年四月三〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件各控訴及び控訴人らの当審における拡張的請求を棄却する。当審における訴訟費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであり、証拠の関係は、本件記録中の第一、二審書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これらを引用する。

(控訴人らの当審における主張)

一  本件戒告処分の当否が司法審査の対象となること及び確認の利益について

1  労働組合がその組合員に対してなす統制処分については、組合員としての権利義務ないし地位も法律上の権利義務ないし地位であって、それらについての紛争も法律上の争訟というべきであるから、右処分によってその権利義務ないし地位に変動が生じた場合には、処分の当否は司法審査の対象となるべきものである。

本件につきこれをみるに、被控訴人の組合規約では、制裁の種別は「戒告、権利停止、除名」と定められているが、その具体的な内容及び手続は明確でなく、すべて委員会の決議によって行うとされているところ、控訴人らが受けた本件戒告処分は、控訴人らに対し誓約書の提出を義務づけており、さらに、本件戒告処分に関して今後一切の不服を申し立てないとの制約も課せられていた。したがって、本件戒告処分により控訴人らは現に右誓約書提出義務を負わされており、また、組合規約六四条で認められている、制裁処分に対し大会に提訴する権利の行使を妨げられているものである。本訴において右処分の無効が確認されることによって、控訴人らは誓約書の提出義務を免れ、また、組合大会に提訴し自らの正当性を主張する権利を回復することになるから、本件無効確認請求は、現在の控訴人らの権利義務に影響を及ぼすものとして、訴えの利益があるというべきである。

2  次に、本件戒告処分の当否は、本件損害賠償請求の要件事実(不法行為)としても当然に司法審査の対象になるべきものである。

すなわち、不法行為に基づく損害賠償は、過去において違法行為があったことが認定されれば十分であり、現在の権利関係に影響を及ぼすか否かを問わないからである。

控訴人らは、本件戒告処分の通告を受けたうえに詫状までも書かされ、これらの事実を公表されたことにより名誉を侵害され精神的苦痛を被ったことを請求原因事実として主張しており、本件戒告処分が違法、無効であれば不法行為が認定される関係になる。したがって、控訴人らは、右損害賠償請求の前提として当然に本件戒告処分の効力も司法審査の対象として争い得るものである。

二  本件戒告処分が無効であることについて

1  労働組合は、組合員の経済的社会的地位の向上をめざす団体であって、その団結を確保するため、憲法上認められた団結権に伴うものとして組合員に対して統制権を有するが、その権能は右の目的の範囲内で、かつ、合理的な限度で認められるものであり、その濫用は許されないところである。

本件につきこれをみるに、控訴人らが行使した労働基準法(以下「労基法」という。)上の申告権(同法一〇四条)は、最大限保障されるべきものであり、労働者がこれを行使したことによりいかなる不利益も受けてはならないものである。同条二項は、使用者について、右申告権の行使を理由として不利益な取扱いをすることを禁じているが、これは、一般に使用者にそのおそれがあるからであって、その立法趣旨は、何人からも不利益を受けないことを規定したものと解すべきである。

したがって、控訴人らの右申告行為を理由とする本件戒告処分は、労働組合の統制処分の範囲外のものであって無効である。

これについて、被控訴人は、控訴人らが組合との協議を経ずに右申告権を行使したことをもって組合の統制秩序を乱したものであると主張するが、被控訴人組合のようにいわゆる労使協調路線をとる組合において右協議を経ることを要するとすれば申告権の行使が事実上制限されることになるから、右のような手続を履践しなかったことをもって統制権行使の理由とすることはできない。

また、被控訴人は、申告そのものでなく、その後の事態に対する控訴人らの対応が処分対象となったものであると主張する。しかしながら、その後の事態は、もともと控訴人らの申告自体から発生したものであり、仮に被控訴人主張の混乱が生じたことがあったとしても、本件戒告処分は結果的に控訴人らの申告自体を処分対象としたことにほかならない。労基法上の申告権は、申告内容の秘密保護を前提に成り立っており、控訴人らは、申告内容を被控訴人に申し出るいわれはないものである。いわんや、被控訴人は、控訴人らの申告行為、申告内容を訴外栗森正義の申出によって知っていたのであり、控訴人らから申告内容を聞き出す必要はなかったのである。すなわち、被控訴人の主張する処分事由は形式的なものにすぎず、実質は申告そのものを問題にしたといえる。このことは、被控訴人組合の執行部が控訴人坂田に対し本件申告の取下げを迫り、結局、同控訴人においてこれを取り下げた事実からしても明らかである。

2  被控訴人組合の規約では、戒告処分に対しては組合大会に提訴できるとされている(組合規約六四条)ところ、控訴人らは、不服申立てができないものとして本件戒告処分の通告を受けたものであるから、右規約に照らしても同処分は無効である。

3  控訴人らが岡山労働基準監督署(以下「岡山労基署」という。)に申告した内容は、訴外会社において「回送キロ・回送時分」についての賃金計算がないということであって、事実に反するものではない。しかも、同労基署は、独自の調査の結果、控訴人らの申告内容以外に「職能手当」をも問題として改善命令を発し、それが組合員に動揺を与えたようであるが、職能給は、基本給に組み入れられることにより、残業手当、深夜手当、休日出勤手当さらに年間の期末手当の算定根拠となるのであるから、それ自体、組合員に利益となるものである。したがって、本件申告行為は法の趣旨及び組合員の利益にかなうものであって、被控訴人の統制処分の対象とはなり得ず、本件統制処分は、その実質的根拠を欠き無効である。

三  被控訴人の不法行為責任について

被控訴人は、本件戒告処分を行うにあたり、これが無効であることを知りながら、または、容易にこれを知り得たにもかかわらずその検討を怠り敢えて処分に及んだものであり、故意または過失による不法行為責任を免れない。

四  (当審における拡張的請求)

控訴人らは、本件訴訟代理人として弁護士を選任することを余儀なくされたが、被控訴人はその費用として各二〇万円を賠償すべきである。

よって、控訴人らは被控訴人に対しそれぞれ慰藉料一〇〇万円(原審における請求分)と弁護士費用二〇万円との合計一二〇万円及び右慰藉料一〇〇万円に対する昭和六〇年四月三〇日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(控訴人らの主張に対する被控訴人の答弁)

一 右主張一につき、本件戒告処分は、控訴人らの責任を確認し、その将来を戒めることを内容としたにとどまり、同処分の通告を受けた控訴人ら自身において、誓約書の提出及び今後一切の不服申立てを行わないことを約したもので、これらは本件戒告処分の内容にはなっていない。仮に、これらが処分内容に含まれるとしても、それは、一般市民法秩序と直接の関係を有しない労働組合の内部的な問題にとどまるから、司法審査の対象とはなり得ない。

本件戒告処分の適否が司法審査の対象となり得ない以上、これを不法行為として裁判上認定することは許されないから、右を前提とする控訴人らの損害賠償請求も失当である。

二 同二、三の主張は争う。

理由

一  本件戒告処分無効確認請求について

1  原判決事実摘示の請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。

2  そこで、まず、本件戒告処分無効確認請求(以下「本件確認請求」という。)の確認の利益について判断する。

〈証拠〉によれば、被控訴人組合の組合規約(六二条)では組合員に対する制裁として「戒告、権利停止、除名」の三種を定めているが、戒告について、これが組合員としての資格ないし地位あるいはこれに伴う利益に影響を及ぼす旨の規定はなく、他に、本件戒告が控訴人らの右資格、地位ないし利益に直接具体的な影響を及ぼすことを認めるに足りる証拠はない。そうすると、本件確認請求は控訴人らと被控訴人の現在の法律関係に変動をもたらさない。過去の事実関係の確認にとどまるものというべきである。

これについて、控訴人らは、本件戒告処分により控訴人らが被控訴人に対し誓約書の提出を義務付けられているから、本件確認請求は現在の法律関係にかかわるものであると主張するところ、〈証拠〉(本件戒告処分通知書)には、控訴人らを戒告処分とする旨の記載に続けて「(誓約書を提出すること)」と付記されていることが認められる。しかしながら、〈証拠〉を総合すれば、右付記部分は本件戒告処分の効果としてされたものではなく、被控訴人組合の役員らが控訴人らに対し規約に基づかないで事実上その提出を求めたものであって、その不提出によって控訴人らに対し組合員としての何らかの不利益が課されることはないことが認められ、これに反する証拠はない。したがって、控訴人らの右主張は理由がない。

また、控訴人らは、本件戒告処分に対して組合規約で認められた不服申立てをしないという制約を課せられたから、本件確認請求の利益がある旨主張するが、〈証拠〉によると、それは、控訴人らが当時本件戒告処分に対する組合規約上の不服申立権を放棄したことによるものであって、本件戒告処分自体の効果とは別個の事柄であるから、それをもって本件確認請求の利益を肯定することはできない。したがって、控訴人らの右主張も理由がない。

よって、本件確認請求は確認の利益を欠く不適法なものであるから、原判決中、同請求を却下した部分は正当であり、同部分に対する本件控訴は失当としてこれを棄却すべきである。

二  不法行為に基づく損害賠償請求について

1  控訴人らは、本件戒告処分は無効であるところ、被控訴人は同処分の告示文及び同処分に基づいて控訴人らに書かせた詫状を被控訴人組合の掲示板に掲示して公表するなどし、これによって控訴人らは組合員及び個人としての名誉を侵害され精神的苦痛を受けたと主張する。

これに対し、被控訴人は、本件戒告処分は自律権を有する労働組合の内部的問題であり、一般市民法秩序と直接の関係を有しないから、同処分の当否は司法審査の対象となり得ず、したがって、これが無効であることを前提とする本件損害賠償請求は失当であると主張する。

ところで、労働組合は、憲法二八条による労働者の団結権保障の効果として自律的、包括的な内部規律権能を有するものであり、その目的を達するために必要かつ合理的範囲においては、所属組合員に対し統制権の行使としての懲罰を加える権限を有するものである。そして、右統制処分が組合の内部規律維持の目的に出たものであり、その対象とされた行為が専ら組合内部における組合員としての立場からのものにとどまる場合には、その処分の当否自体は、それが前記の合理的範囲を明らかに超えている等の事情がない限り、組合内部の自治に委ねられるべきであって、裁判上、これを違法と判断することはできないというべきである。しかしながら、統制処分が右の範囲を逸脱し、組合員の個人的権利や名誉などの侵害に及んだときは、不法行為として裁判上違法の評価を免れない場合があるというべきである。

2  そこで、本件戒告処分及びこれに関して被控訴人のとった措置が不法行為にあたるかどうかにつき判断する。

〈証拠〉を総合すると次のとおり認められる。

(一)  被控訴人組合は、訴外会社との間でユニオンショップ協定を結んでおり、組織上、決議機関として大会及び委員会(執行委員と職場委員から成る。)が、執行機関として執行委員会があり、控訴人坂田は昭和五二年四月から二年間、同堤は同五六年四月から約一年間、それぞれ職場委員の地位にあった。

(二)  ところで、訴外会社の従業員で、控訴人らの同僚(控訴人らと同じくバス乗務員)の訴外栗森正義(以下「栗森」という。)は、同社の給与体系がバスの回送時分及び回送距離(バスの待機所から営業所までバスを回送するのに要するもの)を給与計算の基礎に算入していないことに疑問を抱き、岡山労基署へ申告に赴いたところ、係官から、詳しい説明のできる者を同行するよう求められた。控訴人らは、昭和五六年三月頃、栗森からその旨依頼を受け、自身、同様の疑問を持っていたこともあって同行を承諾し、その頃、ダイヤ表、給与明細等の資料を携えて栗森と共に岡山労基署へ赴き、先に栗森が申告した点について事情を説明した。控訴人らは、右同行するについて被控訴人組合の執行部に何ら相談等することがなかったが、それは格別の思慮に基づくものではなく、組合の反対等を懸念してのものでもなかった。

(三)  右申告(労基法一〇四条)を受けた岡山労基署は、訴外会社に対し回送時分及び回送距離を、被用者が使用者の指揮監督下にあるものとして給与計算の基礎に算入すべきことを指導したが、そのほかに、独自の調査に基づいて、訴外会社においてバス乗務員が一か月のうち一五日以上勤務した場合、走行距離とは無関係に定額で支給される職能手当が、固定給でありながら基準外賃金とされていて不合理であるので、同手当を基準内賃金に含めるようにするか、または走行実績に従った出来高給に移行することも併せて指導した。

(四)  右指導を受けた訴外会社は、昭和五六年四月からの春季賃上げ交渉の席で、被控訴人組合に対し職能手当を廃止して出来高給たる走行キロ手当に移行することを内容とすることを内容とする給与体系の改訂を賃上げ交渉と並行して行いたい旨提案した。右提案は、春闘交渉におけるものとしては異例であり、また、右改訂については、手当の最低保障がなくなり、乗務以外の仕事に従事した場合は手当が付かないこと等で組合員には反対の意向が強かったので、被控訴人組合執行部(三役ら)は、訴外会社に対し右提案に至った理由の説明を求めた。これに対し会社側は、組合側の者が監督官庁に申し出たことで指導を受けた結果であってむしろ組合側の意向によるものであると反論した。

(五)  右の説明を受けて、被控訴人組合執行部は、その旨を昭和五六年四月二七日と同月三〇日開催の職場委員会に伝えたが、かえって、組合員のうちからの申出と称して、会社側と執行部とが結託して賃金体系を不利に改訂しようとしているのではないかという執行部不信の声とか、実際に誰がそのような申出をしたのかなどの声が出て、執行部は苦境に立たされた。そこで、組合執行部は、その頃、前記申出をした者は名乗り出るようにとの掲示をする一方、会社側との間で、労使からなる乗務員賃金研究委員会を発足させ賃金体系の改訂問題を同委員会の検討に委ねることを合意して同年五月七日、昭和五六年の春闘を妥結した。なお、右の掲示は、控訴人らにとって「犯人捜し」の雰囲気を感じさせるものであり、また、同人らは、賃金体系の改訂によって賃金水準の低下を来たすことはないと考えていたこともあって、組合執行部の呼びかけには応じなかった。

(六)  被控訴人組合は、昭和五六年七月二二日、二三日、職場委員の研修会を持ったが、その折、前記申出に及んだ組合員の有無及び申し出た者がある場合は申出の内容を究明すべきである旨提議され、控訴人堤を含めた出席委員全員の賛成を経て、右究明のための組合三役及び組合支部長三名から成る調査委員会(以下「調査委」という。)を設け、組合員に対し前記申出に及んだ者は調査委宛申し出るよう呼びかけることが決定され、その頃掲示等によってその旨組合員に周知させる措置がとられた。

(七)  右決定が公表されて間もなく、被控訴人組合執行部は、栗森から、自己が岡山労基署へ申告した旨聞き及び、その話の中で控訴人坂田の名が出たので、昭和五六年八月一二日頃、書記長の成石敏昭と執行委員の佐々木仁郎が同控訴人を呼び出し、右労基署へ赴いた者の氏名を明らかにするよう求めたが、同控訴人はこれに応じなかった。

(八)  その後、昭和五七年二月、控訴人坂田は、児島営業所から興徐営業所に配転されたが、その配転は通勤の点で不利益なものであったため、同控訴人は、それまでの経過からして、労基署への申告の件で配転されたのではないかと考え、同年三月二三日、岡山労基署宛に、資金体系が未改訂であり、前年の申告に関し会社及び組合上部から圧力を加えられていることを記した書面(〈証拠〉)を、関係書類添付のうえ送付した。右送付につき、控訴人坂田は、事前にその旨を栗森及び控訴人堤に告げていた。

(九)  一方、被控訴人組合は、同年三月中に、訴外会社に対し同年度の春季賃上げ要求の申入れをしていたが、会社側は、その頃岡山労基署の調査及び文書による改善勧告を受けたこともあって、懸案の賃金体系の改訂を強く迫り、これを賃上げ交渉の条件とする態度を示した。これに対し、職場委員の間からは、会社側の前年春闘に続いての再度の提案であり、労基署へ申告した者に対する怒りや調査委の活動に対する不満、さらには組合執行部の背信を問う声も募り、組合執行部は早急に事態を収拾する必要に迫られた。そこで、調査委は、労基署へ申告した者は三月末までに申し出ること、期間内に申し出た者については組合として処分しない旨組合員に告知した。右告知を受けて、栗森が、前年は控訴人両名と共に岡山労基署へ赴いたが、今年度は自分は外れており、控訴人らのみが行っていると思う旨、右期間内に調査委に申し出てきた。さらに、組合執行部は、同月中に岡山労基署へ赴き、氏名までは聞き出せなかったが、組合員が申告した事実を確認し、担当官からその申告内容及びこれに基づく労基署側の指導についての説明を受け、現行の賃金体系には合理性があるとの組合執行部の意見を述べた。

(一〇)  右のとおり、被控訴人組合執行部は、控訴人らの岡山労基署への申告の事実及び申告内容を確定的に把握するところとなり、同年四月二一日、執行委員長の三宅僅一、副委員長の安田譲、執行委員の佐々木仁郎が控訴人坂田を呼び出し、労基署へ申告するに至った動機を問い質したうえ、申告によって組合内部に混乱を招いていることにつき、午後から開かれる委員会の席で謝罪するよう要求した。これに対し、控訴人坂田は、自己らの申告は非難さるべきものではないと考えてはいたが、委員会を円滑に進めるためにはやむを得ないと考え、控訴人堤と相談のうえ申出を了承し、午後の委員会で揃って申告の事実を認めて謝罪し、控訴人堤は求めにより職場委員を辞任した。

次いで、委員会は、控訴人両名を退席させて討議したところ、控訴人らの行為は組合の統制秩序を乱した(組合規約六一条二号)ものであるとして、制裁としての除名処分(同六二条三号)に付すべき旨の意見が大勢であったが、とりあえず、控訴人らにその申告行為により組合を混乱させたことの詫状を書かせて掲示し組合員に周知させることとし、引き続き同日組合執行部は、控訴人らにその旨を申し向けた。これに対し控訴人らは、自己らの申告目的は正当なものであり、組合員の利益にかなう結果をもたらしたと考えていたことから、右要求は心外で不当なものと感じたが、これに応じない場合は重い制裁が課せられかねないことを示唆され、また、労基署の指導が賃金水準の低下をもたらすとして組合内部に批判があり、組合の統一を図らないと会社との賃上げ交渉に入れない等と言われてこれを了承し、それぞれ組合執行部の意を酌んだ詫状(控訴人坂田が別紙(三)、控訴人堤が別紙(四))を作成し、指示に従い同月二六日、訴外会社の組合員用の掲示板五か所(岡山、児島、興徐各営業所、下津井駅、幸町駐車場)に掲示した。また、同月二三日頃、組合執行部より、控訴人両名は組合事務所に呼ばれ、控訴人坂田が先に岡山労基署宛に送付した書類(〈証拠〉)を取り下げるよう指示され、控訴人坂田は同労基署に赴き右書類を持ち帰った。

(二) 同月三〇日、被控訴人組合の委員会が開かれて控訴人両名の処分問題が討議された。その席上では除名処分の意見もあったが前記詫状の掲示が考慮され、結局、組合の統制秩序を乱した(組合規約六一条二号)ものとして戒告処分に付し誓約書を提出させることが決議され、その旨処分内容を記したのちに出席委員が署名し、その末尾に「上記処分に対し今後一切の不服を申し立てません」と記載された書面(〈証拠〉)に控訴人らは組合執行部より求められて署名した。そして、組合執行部は、翌五月一日付で控訴人両名を戒告処分に付した旨をその頃より前記同五か所の組合掲示板に掲示して公表した。栗森については、前記期間内に申し出たことを理由に処分の対象とはされなかった。

(三) なお、岡山労基署による賃金体系改定の指導に対しては、組合員の中に、既得権の侵害であるとか、労働強化となるとの理由をあげて反対の声もあったが、昭和五七年八月頃から同五八年三月頃までの間、前記賃金研究委員会で検討が行われ、右三月末頃労使間に職能手当に関する協定が成立した。その骨子は、控訴人らの所属するバス乗務員の場合、それまで定額で支給されていた職能手当(昭和五七年八月当時、一万六一二六円から一万一八〇〇円の幅があった。)を一律一万一八〇〇円の限度で走行キロ手当(走行キロ数に応じて支給される歩合給)の源資に移行させ、残余は従来どおり支給し、これを基準内賃金としたこと、回送時分は中間整備時間及び走行準備時間に含め、回送距離は走行キロ手当支給の対象とすること、また、走行キロ手当は、一キロメートルあたり一三円を支給するというもので、同協定は昭和五八年三月二六日から実施された。右改定は、基本的には賃金の源資に変動がなく、全般的にみれば従来の賃金水準とほぼ同一の結果をもたらすものであった。

以上の認定に反する原審証人成石敏昭の証言は措信できず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

右認定事実からすると、本件戒告処分は、要するに、控訴人らが被控訴人組合執行部の呼びかけにもかかわらず、岡山労基署への申告事実及び申告内容を自発的に申し出なかったという事実経過を踏まえたうえで、控訴人らが組合の混乱と動揺を招き、組合規約六一条二号所定の「組合の統制秩序を乱したもの」にあたるとして行われたものであるが、右組合の混乱と動揺は、控訴人らの労基法一〇四条一項所定の申告権行使に由来するものであって、右申告権行使と右組合の混乱等とは事実上密接不可分であるから、控訴人らに対し右組合規約にいう「組合の統制秩序を乱したもの」として戒告処分を行うことは、とりもなおさず右申告権の行使に対して非難、制裁を加えるものというほかない。

ところで、労基法一〇四条一項は「事業場に、この法律又はこの法律に基づいて発する命令に違反する事実がある場合においては、労働者は、その事実を行政官庁又は労働基準監督官に申告することができる。」と定めて、労働者に対し一定の申告権を付与している。ただし、右申告権は、監督機関の権限発動を促すのみであり、かつ、右申告内容は労基法またはそれに基づいて発する命令に違反する事実であるから、監督機関が労働者の右申告権の行使により権限を発動したとしても、それは法令違反の事実の是正を求めるだけのものであって、労働者にとって直接不利益をもたらす性質のものであるはずがない。仮に労働者にとって不利益な結果が生じたとすれば、それは、監督機関の権限発動のためではなく、それを契機として行われた労使間交渉の結果等によるものといわなければならない。

さらに、右申告権は、労働者に固有の権限であってその行使について他から何らの制約を受けるべきものではなく、また、右申告に及んだ労働者は、特段の事由のない限り、第三者の調査等に対し自己の申告事実を明らかにすべき義務はないと解すべきである。

以上の見地に立って、本件を見るに、控訴人らの本件申告は、控訴人らにおいて春闘交渉を混乱させて組合員に不利益をもたらそうとする不当な意図のもとに行われたなどの特別の事情は認められないから、正当な権利の行使であるというべきである。もっとも、岡山労基署より調査、改善勧告を受けた会社側が被控訴人組合との春闘交渉の席で賃金体系の改訂を提案したために右交渉が難航し、特に職能手当の改訂をめぐって組合員の中に不利益になるのではないかという不安を生ぜしめて組合が混乱したわけであるけれども、職能手当の問題は、岡山労基署が独自に行った調査の結果に基づいて改善勧告が出されていたものであるのみならず、岡山労基署の改善勧告自体が組合員に不利益をもたらす性質を有するものでないことは明らかであって、それを契機として行われる労使間交渉等を通じて組合員の有利に解決すべき事柄をはじめから組合員に不利益なものと決めてかかるべきものではないから、前記のような組合員の不安や組合の混乱をもって控訴人らの本件申告を非難することは許されないものといわねばならない。また、控訴人らが被控訴人組合執行部の呼びかけに対し、自己らの申告事実を明らかにしなかったことは、前記説示に徴し、何ら不当というべきではない。さらに、控訴人が岡山労基署に対し本件申告を行う前に、被控訴人組合に連絡等した方が良策であったとしても、それを欠いたことをもって控訴人らの本件申告を不当視することもできない。他に控訴人らの本件申告を不当として非難すべき事由はない。

したがって、本件戒告処分は、結局において、組合規約六一条二号の解釈適用を誤って、控訴人らが労働者として有する固有の権利を行使したことに対し、組合のもつ裁量権の範囲を著しく逸脱して統制権を及ぼしたものとして違法の評価を免れることはできない。そして、一連の事件として、被控訴人組合執行部が控訴人らに対し前記のとおり詫状を作成させこれを公表せしめたことなども同様に違法な行為というべきである。

3  そして、前記認定事実及び弁論の全趣旨からすると、本件戒告処分とその公表及び詫状を作成させてこれを公表させるなどの被控訴人の不法行為によって、控訴人らは、被控訴人組合における評価、すなわち社会的、外部的名誉を低下させられ、かつ、これによって相当な精神的苦痛を被ったものと認められる。

4  そこで、右不法行為につき被控訴人に故意、過失が認められるかどうかにつき判断する。

本件の場合、被控訴人組合の執行部や組合委員らが本件戒告処分とその公表等の不法行為によって、控訴人らの名誉を毀損することの故意があったと認めるに足りる証拠はないが、被控訴人組合執行部や組合委員らとしては、立場上、労働者保護のために労基法が労働者に対して設けた固有の権利の行使に関して十分な知識を習得して、労働者の権利を阻害することなどがないよう配慮すべき注意義務があるのにこれを怠り、本件戒告処分とその公表等の不法行為によって、控訴人らの名誉を毀損したものと認められるから、過失の責を免れないというべきである。

5  そこで、被控訴人の本件不法行為によって受けた控訴人らの名誉の毀損に対する救済につき考察する。

控訴人らが被控訴人の本件不法行為によって名誉を毀損され、相当なる精神的損害を被ったことは前記認定のとおりであるから、被控訴人は控訴人らに対し、民法七一〇条により、それぞれ右精神的苦痛に対する慰藉料を支払うべきところ、本件不法行為が発生した背景として、当時被控訴人組合は会社と春闘交渉中であって、組合員の不安等を解消しなければならない事態にあったことなどの諸般の事情をも参しゃくして右慰藉料は各一〇万円が相当である。

次に、控訴人らは被控訴人に対し別紙(一)の内容、条件の陳謝文の交付を求めるが、右陳謝文の交付は控訴人らが本件不法行為により被った精神的苦痛に対する救済方法として必ずしも適当でないし、かつ右慰藉料によって、控訴人らの精神的苦痛に対する慰藉の目的は達せられると認められるから、控訴人らのこの点に関する請求は失当である。

さらに、控訴人らが被控訴人に対し名誉回復の措置として本判決確定の日から一四日以内に別紙(二)記載の内容、条件の告示文を、掲示の日から七日間にわたり、被控訴人の組合掲示板に掲示することを求める請求は、前記認定事実に照らして正当というべきところ、当裁判所は、右掲示方法の適当な処分として、掲示場所は、本件戒告処分が掲示されたとおなじ、前記訴外会社の被控訴人組合員用掲示板五か所(岡山、児島、興徐各営業所、下津井駅、幸町駐車場)に、それぞれ掲示の日から七日間これを掲示せしめるのを相当と認める。

そして、本件記録によれば、控訴人らは本訴の追行を控訴人ら訴訟代理人に委任したことが認められるところ、事案の内容、請求認容の態様等に照らして、被控訴人が控訴人らに対し、本件不法行為と相当因果関係のある損害として支払うべき弁護士費用は各一〇万円が相当である。したがって、被控訴人は控訴人らに対し、それぞれ、慰藉料一〇万円と弁護士費用一〇万円の合計二〇万円及び右慰藉料一〇万円に対する昭和五七年六月一日(弁論の全趣旨から本件戒告処分等掲示最終日が遅くとも同日までには到来しているものと認める。)から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よって、控訴人らの不法行為に基づく請求は以上の限度で正当でありその余は失当であって、この点に関する本件控訴は一部理由があるから、これと一部異なる原判決を右の趣旨に変更する。

三  以上のとおりであり、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、八九条、九三条を適用し、金員の支払につき仮執行宣言は相当でないと認めこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高山健三 裁判官 相良甲子彦 裁判官 廣田 聰)

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